自走人生のススメ vol.18:海外ボランティアの『自走人生』 2019.06.05定年後入門

島田明夫さん(72)=写真後方は、当時は応募年齢ギリギリだった68歳の時に、国際協力機構(JICA)のシニアボランティア選考に挑戦し見事合格。2016年から2年間、チリ共和国で日本語を教えるという意義深いご経験をした。

それだけなら、「なるほど、そうなんだ。」で終わってしまうのだが、そこに至るまでの間の島田さんの「自走人生」の軌跡に、私は大いに感銘を受けた。

「僕は60歳より少し早く、58歳で会社を辞めました。会社の定年は60歳で、その後も雇用延長して会社に残るという選択肢もありました。ただ、人生の残り時間を自分のために使いたいという気持ちの方が強かったのです」(島田さん)。 「自走人生」を考える上で大切なことは、「自分のために」どうなのか、ということだと定年後研究所では考えている。島田さんは「(会社を辞めた後は)苦労するとは思ったんですが、苦労するなら自分のために苦労したいと思ったんです」と語る。私は「コレだな」と思った。

「寄らば大樹の陰」という言葉のとおり、“頼れる存在”としての会社に長く勤めていると、依存体質なってしまうのは否めない。会社から離れるということは、まさに依存からの脱却であり、自己責任の世界に他ならない。当然、苦労することはわかっているのだが、それを「自分のために苦労したい」と置き換えられたことが、島田さんがイキイキと「自走人生」を送ってこられた秘訣だろう。

「もともと語学が好きで、外国に行くチャンスをさぐっていました。実は兄が日本語教師の資格を持っていて、彼を見ていて日本語教育であれば願いが叶うのではないかと考えたのです」そう語る島田さんは、会社を辞めてすぐに日本語教師養成講座に通ったという。

「まだ講座を受講中にJICAのシニアボランティアの選考を受けたのですが、もちろん滑りました」と笑う島田さん。「経験が圧倒的に足りないのはわかっていたので、武者修行を始めたんです」という。

武者修行というのは、中国で5年半、日本(高知)で1年半、タイで2年、合計9年間の日本語教師修行だった。そのご苦難の道のりは容易に想像できる。「最終目標をJICAシニアボランティアだと決めて、がむしゃらに動き回りました。(合格は)その結果がでたんだと思います」と話す島田さんの顔はイキイキそのものだ。

「会社勤めをしていた時からボランティア活動には興味があった」という島田さん。やはり、現役時代に「会社人生以外」の世界にも目を向けていたことが背景にはありそうだ。 「自走人生」の準備が島田さんの意識の中でカタチづくられていたのだ。

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得丸英司(とくまる・えいじ)
1957年生まれ。「一般社団法人定年後研究所」所長。星和ビジネスリンク取締役常務執行役員。
大手生命保険会社で25年にわたり、法人・個人分野のFPコンサルティング部門に従事。日本FP協会常務理事、慶應義塾大学大学院講師などを歴任。日本FP協会特別顧問。