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生活
2018年07月09日

ちびまる子ちゃん「友蔵モデル」の終焉

ちびまる子ちゃん「友蔵モデル」の終焉 2018.07.09定年後入門


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定年後本に見る人生像の変容

昨年から「定年後本」の出版ラッシュというべき状況が続いています。こうした現象は実は過去に何度も起きていますが、今回の「ブーム」は従来とは少し異なる様相を呈しています。何が異なるのか。そして、そこから何が見えてくるのか。「定年後本」を題材としながら、日本人の「人生のかたち」がどのように変容を遂げつつあるのかを考察していきます。

「定年後ブーム」は循環する

去年の夏、雑誌の定年後特集でお金の専門家にインタビューしました。事前にその人のブログを読んでいたら、「著書の一つが6年ぶりに増刷された」と報告してありました。定年後に必要なお金を計算するための手引書で、キャッシュフローの視点を入れたところが発行当時は画期的だったようです。そうはいっても、何年も増刷されていない本が再び売れだすことは珍しいといえるでしょう。

インタビューのときにその話題を出すと、20冊以上の著書があるのにこんなことは初めてだとご本人も驚いていました。

「出版関係者に聞いた話だと、定年後の本は数年ごとにブームがくるのだそうです。前回のブームで何冊も読みあさった人たちが定年退職して、その下の世代が定年を意識しだしたらまたブームが起こる。そういう循環らしいですよ」

そう説明されると、世代の入れ替わりによって出版業界で「定年後ブーム」が繰り返し起こってもおかしくない気がします。会社員や公務員の多くが定年退職を意識しだすのはだいたい50歳前後でしょう。残り10年のカウントダウンが始まった人たちが、ある時期にどっと定年後の本を読みあさってブームが起こる。それより若い世代が定年退職を意識しだして、関連書籍を手に取るのは6~8年後になる、という計算です。もちろん、タイミングだけでなく、象徴的なベストセラーが存在しないと大きな話題にはなりません。

2017年の「定年後本」ブームのきっかけ

2017年は、4月発行の楠木新著『定年後―50歳からの生き方、終わり方』(中公新書)がブームのきっかけだと見られています。発売直後から好調に売れて、年内に刷り部数が20万部に達したようです。ヒット作が出れば、同じ柳の下に群がるのが出版界の習わし。後追いの類書が次々と発刊され、書店の売り場には雑誌の別冊やムックも並べて「定年後コーナー」が設けられるようになりました。

個人的に振り返っても、2017年は定年後関連の仕事が倍増しました。その関係で、過去の書籍や雑誌もいくつか目を通してみたのですが、意外だったのは、定年後の話題はブームでない時期も切れ目なくあったのに、こちらは気づいていなかったことです。

ブームはなくとも関心はある

書籍は年に数冊ずつ発行され、雑誌は定期的に関連記事を掲載していました。例えばビジネス誌の「PRESIDENT」は、2011年あたりから「金持ち老後、ビンボー老後」の特集が年に1回か2回のペースで組まれています。月刊「文藝春秋」では、2017年10月号で大特集「定年後の常識が変わった」を掲載する前から、2016年11月号の「ルポ 大企業定年延長の職場を行く」「実例集 趣味、学問、仕事で若返る」ほか、3年ほどの間に健康長寿や人生100年時代に関連するかたちで定年後についての記事がたびたび掲載されてきました。

2015年9月発行の内館牧子著『終わった人』(講談社)も見逃せません。〈定年って生前葬だな〉で始まる小説は、身近な人たちから「主人公がうちの夫と同じ」「お父さんみたい」という感想が聞かれ、刷り部数が20万部を超えるベストセラーとなりました。発行後に内館さんにインタビューすると「反響がすごい」という話でした。楠木さんの『定年後』を初めて手に取ったとき、副題に「終わり方」とあるのを見て、これは人生の終末を指すのではなく、『終わった人』を受けてつけられたものだろうと想像しました。

このような出版物の傾向を考えると、どうやら人々の「定年後」への関心は、ブームの以前から確実に高まっていたと考えてよさそうです。

関心の高まりは2013年頃から・・・

その背景には、政治や社会の動きがあります。高年齢者雇用安定法が改正され、2013年4月からは、60歳定年制の会社でも本人が希望すれば65歳まで働けるようになりました。2015年秋には安倍政権が「一億総活躍社会」を掲げ、女性活躍推進と並んで高齢者の社会復帰や活躍推進に注目が集まりました。この頃から新聞、雑誌、ネットで「第二の人生」「セカンドライフ」「生涯現役」など、定年後にかかわるフレーズが目を引くようになってきたのです。

2015年の国勢調査では、日本人の4人に1人が65歳以上となり、100歳以上が6万人に達したという結果が出て、超高齢社会の進み具合が確認されました。「人生100年時代」に近づきつつあるという認識が広がりだした頃でもあります。

1970年代は悠々自適なちびまる子ちゃん「友蔵モデル」

定年退職が「悠々自適」というポジティブな言葉と結びついたのはずいぶん昔のことです。社会人として30年、40年と働き、その間に育てた子どもたちは巣立ち、社会的な役割は十分に果たしたのだから、あとは年金を受け取りながら、人生の残り時間を楽しもう…というのがポジティブな定年退職のイメージでした。

日曜日の夕方、アニメの「ちびまる子ちゃん」には、おじいちゃんの友蔵さんが出てきます。「ちびまる子ちゃん」は1970年代の話。もともと勤め人ではなさそうですが、友蔵さんは70代で仕事はなく、奥さんと一緒に息子夫婦の家に同居しています。住む家や食事には困らないし、年金生活者であっても、孫のまる子におねだりされたら何か買ってやるぐらいのお金はあります。まとまった貯金があれば利息も収入の一部、そんな時代だったのです。

「友蔵モデル」から「ネガティブ定年後」へ

作者のさくらももこさんは1965年生まれだから、これから定年退職を迎える人たちとほぼ同世代ということになります。その世代が子どもの頃は、友蔵夫婦のようなおじいさん、おばあさんが同居する家は多く、悠々自適の“友蔵モデル”があちこちで見られていました。人生70年の時代だから、定年退職したあとの15年から20年を家族と暮らし、趣味や旅行を楽しむことができました。でも今、それは急速に過去のものとなりつつあるのです。

定年後がネガティブに語られだすのは1980年代に入ってからでしょう。妻たちから「粗大ゴミ」「濡れ落ち葉」「ワシも族」といわれ、「産業廃棄物」という笑えない呼び方もありました。高度経済成長の中で仕事一筋だった男性たちは、退職すると特にやることがなく、家でゴロゴロして妻につきまとう、という定年後像です。その頃から男性も趣味や旅行を楽しむようにしましょう、自分が住む街の地域社会とかかわりボランティア活動なども積極的にやりましょう、とライフスタイルの見直しが求められました。

「三大不安」が強調される時代

10年前に出版された定年後の本を開くと、寿命が延びて定年後が長くなったのだから、どう過ごすのが有意義か、どう過ごすべきかという視点が多いようです。例えば、2007年発行の加藤仁著『定年後――豊かに生きるための知恵』(岩波新書)はオビに〈悔いのない「8万時間」のためのヒント満載〉という惹句が見られた。定年後を漫然と過ごすのはもったいない、長い自由時間をより有意義なものにするにはどうすればよいか、という問題意識でした。

同じ定年後について考えるのでも、ここ数年は心配事のほうが強調されがちです。「老後破産」「下流老人」「独居死」「無縁社会」などの流行語が表すように、現在は貧困、病気、孤独の三大不安が大きく取り上げられます。友蔵モデルの時代にはありえなかったことでしょう。

深刻な経済問題の老後不安

中でも真っ先に不安を覚えるのは経済問題です。その不安感をあおるように、雑誌の特集では「定年後の暮らしに1億円が必要」という見出しがあちこちで見られます。これはもちろん、定年までに1億円を貯蓄しておくという意味ではありません。夫婦二人で60歳から90歳までの30年間を暮らすと、それぐらいの支出があるという計算のことです。年金をはじめとする収入のことは入っていません。ここでは詳しい計算を省きますが、大企業で定年まで勤めあげた人なら、専業主婦の妻と受け取る年金は30年間で7000万円ほどあり、退職金や企業年金を加えたら十分におつりがきます。

しかし退職金が少ない中小企業に勤めた場合や、厚生年金に加入していない非正規社員の場合などは、30年間の暮らしが立ち行かなくなります。そもそも年金制度が現在と同じように、今後も維持されるかどうかという心配もあり、経済問題はたしかに深刻です。何かしら収入がないと流行語どおりになってしまうでしょう。個人消費が伸びない原因として、「老後の蓄え」が上位に来ても不思議ではありません。

そんな中、2016年頃から大きく変化した話題があります。

「新しい定年後像」への移行

定年後の話題で大きく変化したのは、60歳を過ぎても働くことが前提になった点でしょう。

例えば「文藝春秋」の2016年11月号では、大型企画「健康寿命を伸ばす」の中で、60歳を超えてから新しい仕事や学問、趣味などを始めた人たちのルポが掲載されました。静岡県庁を定年退職してから保育士になった男性のケースなどが紹介され、最後に東京大学の秋山弘子特任教授がコメントを寄せています。

その中の「働く・学ぶ・遊ぶ・休む」の4つをうまく組み合わせるという考え方は注目したいところ。例えば、60代は週3日働き、70代になったら週1日にして遊んだり休んだりする時間を増やすというものです。秋山教授は同誌の2017年6月号でも、定年後に〈第二の義務教育〉を実施して、30年間の暮らし方やお金の問題、子育て、法律などを習得するのはどうか、とユニークな施策を提言しています。

定年後問題は引き続き探求していくべきテーマ

2017年の秋ごろには、出版業界の「定年後ブーム」は年内に収束すると予想されていましたが、2018年になっても定年後の本は引き続き出版されています。4月に発行された郡山史郎著『定年前後の「やってはいけない」』(青春新書インテリジェンス)は、定年後もしっかり働くことを中心テーマに据えています。著者は元ソニー常務取締役で、68歳で人材紹介会社を起業して80歳を過ぎた現在も社長として毎日出勤しているといいます。主な収入を年金に求めるのでなく、元気に働けるうちは働いて収入を得るという生涯現役モデルは、労働人口の減少など社会の状況から考えても間違いなく増えていくでしょう。そこから働き方と雇い方の問題、仕事内容とスキルの問題など、新しい課題が次々と生まれてくることが予想されます。

「定年後」は一時のブームに終わる問題ではなく、今後も引き続き探求していくテーマになりそうです。

熊谷祐司(くまがい・ゆうじ)
ノンフィクションライター。
1966年東京生まれ。ビジネス誌の編集者を経てノンフィクションライターとなる。総合誌やWEBメディアで社会、経済、教育など幅広い分野の取材・執筆を担当。

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