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生活
2018年07月09日

リレー・エッセイ 世界の「定年後」vol.1

リレー・エッセイ 世界の「定年後」vol.1

イントロダクション~あるイギリス人女性の話から 2018.07.09定年後入門


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定年後(より一般的には「リタイアメント後」)の生き方には、その人の所属する社会の価値観が色濃く反映されます。つまり、価値観が異なる社会においては、定年後の生き方も、まったく異なるものになる可能性があるということです。世界の人々は、どんなふうに「定年後」の人生を生きているのでしょうか。現在、日本で活躍中の外国人の皆さんが、出身国の「定年後事情」についてリレー・エッセイ形式で綴る、少しユニークな連載シリーズ。多様な社会の、多様な価値観、多様な生き方を紹介します。

先日、仕事で長い付き合いのあるイギリス人女性社長とのランチに出向いたときのこと。普段は仕事の話が中心になる相手ですが、この日は特別で、彼女が自分の人生、特にリタイアメント後の人生について熱心に話すのを聞くこととなりました。

最初に「リタイアは考えていないの?」と水を向けたのは、私の方でした。というのも、この1年ほどの彼女の状況を知っていたからです。大往生した母親を見送り、生まれ故郷のロンドンの生家を売った。一方で、ビジネスと生活の拠点を持つ東京には、娘さん一家と一緒に住む二世帯住宅を構えた。孫も生まれた。女性がそういう状況にあれば、かなりの確率でリタイアするはずだと、日本人の私には思えたからです。

そこから彼女の熱心な話が始まり、もっぱら聞き役に回ったのですが、そこで私は、日本人とは異なる、彼女のリタイアメント観を聞くことになりました。それは、外国人との接点が多い自分にとってさえ、かなり予想とは違うものでした。

彼女の話を要約すると、以下のような感じです。

現在、二世帯住宅で同居中の娘たち一家は、仕事の関係で、海外に越すことを決めた。夫(日本人)は寂しがっている。しかし、自分としては元々、ずっと同居することを考えていたわけではなかった。完全な二世帯型であれば、将来的には一部を賃貸できるなど選択の幅が広がる。二世帯にした理由は主にそれであり、同居にこだわりはなかった。

確かに、家族と同居する安心感は大きい。しかし、その一方で、他の人と積極的に交流する機会が減っていることに危機感を覚え始めてもいた。だから、これをきっかけに、どんどん外に出ようと思っている。もちろん、仕事はまだまだ続けるつもり。よく「娘さんに会社を継がせるの?」とか聞かれるけれど、そんなことは、将来本人が自分で決めればよいことであって、私が考えることではない。

10年ほど前、リタイアメントのことが初めて頭をよぎったとき、最初に浮かんだのは「あくまで私個人として、もし独りになったら、どこでどうやって暮らしたいのか?」だった。結果、イギリスに帰って気ままに暮らす選択肢を持っておきたいと思うに至った。それから何年かかけて、状況を整えた。現在は、ロンドン郊外、バーミンガム*1のアーバンビレッジ*2に、アパートメントの一部屋(賃借人が居住中)を持っている・・・。

私自身、リタイアメントについて考えたり、周囲と会話したりすることは、これまでも何度かありました。しかし、そのときに「個としてどうしたいのか?」という問いが最初にくることはなかったのです。日本社会に生きていると、老後のことを考えれば、どうしても「家族」とのつながりが頭に浮かびます。「個」はもちろんあるけれど、そこをセンターにしては考えられないというのが、私に限らず、大方の日本人の感覚ではないかと思うのです。

ランチから数日後、彼女とメールを交わしました。「個」を起点に考えるということについて、もう少し彼女の考えを聞いてみたいと思ったからです。彼女からの返信メールには、以下のようなことが書かれていました。

「自分の役割、周囲からの期待、そして自身の個としての人生について、自分が真に望むものに正直であり続けながら、人生の各ステージを過ごすことが大切だと思います。日本の文化とは違うところがあるかもしれない。でも、最期の時に『自分がしたいことをする自由がなかった』と苦い思いをかみしめて人生を終えることは、したくない」

リタイアメント準備の最初のステップで、あらためて「個」に立ち戻る。それは、個の確立とアイデンティティを、何より大切な文化的価値観とするイギリス人にとっては、ごく当然の感覚なのでしょう。自己中心的なわけではありません。個が確立しているがゆえに、家族を含めた他者の、個としての決定を受け入れることもできます。互いが互いに対して寛容であるがゆえに、自然とその選択ができる文化なのだと思います。

一方、多くの日本人にとっては、周囲との関係性や役割意識が充実感の源となるのだから、リタイアメントにおいても、まったく違うアプローチとなります。それもまた当たり前のことであり、自然なことです。価値観に是非などはないのですから。

大切なのは知ることです。互いを知り、互いを合わせ鏡としてみれば、一つの物事に対する多様なアプローチの仕方が見えてきて、自己認識がクリアになり、また視野も広がります。それは、リタイアメントというテーマに関しても、まったく同じなのだなと、彼女の話を通じて、あらためて感じたのでした。

私は、多様性教育を行う会社を2006年に創業しました。いくつかの多国籍企業で働いてきた経験を踏まえて、この世界に存在する多様性を、日本社会を生きる人々に伝えたいと思ったからです。それから10年以上、その仕事をしてきたわけですが、その私にしても、リタイアメントというテーマが「世界の多様性」を考える切り口になるとは思っていませんでした。その「多様性の世界」を、もう少し掘り下げてみたい。イギリス人社長とのランチを契機に、私の中では、その思いが、日々強くなっていきました。

本シリーズは、当社の外国人スタッフたちが、自分の出身国のリタイアメント事情、日本風にいえば「定年とその後の人生」について、エッセイ形式で書いてくれたものを、順次紹介していく、ちょっとユニークな企画です。日本人ではないので、あまり流暢な文章ではないかも知れません。しかし、その国の出身者でないと伝えることのできない、土地の「空気感」のようなものは、十分に感じていただけるのではないかと思います。

読者の皆さんに、それぞれの「定年後」を考えるにあたっての、彩り豊かな「合わせ鏡」として、ご活用いただければ幸いです。
※次回、最初に紹介する国はイタリアです。お楽しみに!

vol.1 完

vol.2はこちら


■ 脚注
*1バーミンガム:ロンドンに次ぐ英国第2の都市。かつては重要な産業の中心地として発展。ロンドンのユーストン駅からバーミンガムまで列車で約1時間30分。
*2アーバンビレッジ:1990年代にチャールズ皇太子の提唱で始まった運動に端を発し、持続可能な都市居住を目指した都市開発メカニズムの総称で、主に社会問題を再生するための空間的社会的住宅開発を指す。家から歩ける範囲での利便性や快適性や魅力が高められ、リタイアメント後の生活拠点としても人気。

三森暁江(みもりあきえ)
株式会社GREEN代表取締役。
早稲田大学卒業後、日本・英国・米国資本のグローバル企業でマーケターとして活躍。メジャー消費財ブランドのプロジェクトを主導した他、各種トレーニング手法のローカライゼーションと普及にも従事。2006年に株式会社GREENを起業し、グローバル教育事業を展開。独自の人材教育プログラムが、多くの大手日系グローバル企業で高く評価されている。
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