自走人生のススメ vol.24:
設計技術職から新人教育職へ、大転換の“自走人生”
-私が出会った「自走人」vol.3- 2019.07.17定年後入門

高倉成行(たかくら まさゆき)さん(65)は、37年間勤めた電気機器メーカーで、新商品開発の立ち上げに関わってきた。現在のデジカメのもとになる世界初の電子カメラを世に送り出したり、携帯電話に組み込むカメラを開発したりと、技術職として数々の実績を残してきた。

ところが、60歳になった定年後の継続雇用は、「研修担当」という全く畑違いの仕事。今年(2019年)1月に65歳を迎え(継続雇用の)契約を満了したという。驚いたことに、技術職から人材教育職へのジョブチェンジは、「自ら飛び込みました」と高倉さんは語る。

「私は会社に入る時、人事の方に『世の中のためになるモノをつくりたい』と言って入社しました。50代後半になって、「私の設計技術というチカラが、本当に世の中のためになっているのだろうか」ということを考え始めたのです。そして、『自分に今できることは後輩の育成なのでは』という結論に至りました。」とジョブチェンジのきっかけを語ってくれた。

「会社にとってヒトは重要な構成要素です。ヒトが会社にうまく“ハマって”いかないと成り立たない。『新入社員を教育して、一日も早く職場に馴染むようにしてあげたい』という気持ちが強くなり、研修業務に自ら飛び込んだのです。正解だったと今も思っています」と高倉さんは言い切る。

高倉さんは、この5年間、毎年100人以上の新入社員を研修し、それぞれの職場に送り込んできた。畑違いのジョブチェンジに加えて、親子ほどの年齢差からのギャップ…高倉さんがいかに困難な職務に挑戦してきたは容易に想像できる。

「実際、飛び込んでみたら、やはり世代ギャップによる考え方の違いに苦労しました。中には『なぜ私がこの研修を受けなくちゃいけないんですか』と信じられないようなことを言う者もいました。世代ギャップを埋めるためにしたことは、当時流行していたポケモンGOというゲームをやって、「俺はコレを今日取ったぞ!」と研修の場で言ったりしました。すると、これがきっかけで、だんだんコミュニケーションが取れるようになってきたんです。やがて、彼らから悩みを聞いたり、アドバイスをしてあげられる関係がつくれました。そして私自身「社会に貢献している」と実感できるようになりました」

高倉さんは、東京都のシニア向け事業である「東京セカンドキャリア塾」に入塾し、半年間にわたりコミュニケーションスキルや企画力などを学んだという。そんな高倉さんの“次の挑戦”はすでにスタートしている。

「私はもともとエンジニアということもあり、新しいものをやることが大好きです。これからも新しいものに興味を持ち、夢や希望へとつなぎながら『人生100年』を生きたいと思っています」

職中に自らのチャレンジに取り組み「自走人生の準備」をしてきた 高倉さんの表情は自信に満ちあふれている。

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日本で初めての「50代以上会社員」に特化した、定年後ライフの準備支援機関。定年後の「自走人生」を目指すシニアを応援。ポータルサイト『定年3・0』を通じ、コミュニケーションスタイル診断アプリ「コミスタ」を無料提供中。


得丸英司(とくまる・えいじ)
1957年生まれ。「一般社団法人定年後研究所」所長。星和ビジネスリンク取締役常務執行役員。
大手生命保険会社で25年にわたり、法人・個人分野のFPコンサルティング部門に従事。日本FP協会常務理事、慶應義塾大学大学院講師などを歴任。日本FP協会特別顧問。